大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所八王子支部 平成5年(ワ)777号 判決 1995年6月20日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実および理由

第一  請求

被告は原告に対し、金五八五万九九七五円およびこれに対する平成五年四月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件の経緯

1  次の各事実は、特に証拠を引用しない限り当事者間に争いがない。

原告は、妻中西澄子(以下「澄子」という。)を代理人として、昭和五九年五月から被告の八王子支店と取引を開始した(乙一の1、証人中西澄子)。

平成二年一月一八日、被告の八王子支店社員槫松聖(以下「槫松」という。)が原告宅に電話をし、原告の代理人澄子に対し三菱石油のワラント(以下「本件ワラント」という。)の購入を勧めた。

その直後、被告は、原告のケンウッドの株券一〇〇〇株を金一一八万九五一四円で、累積投資セクターテンを金三八五万五九七二円でそれぞれ売却した。そして、その売却代金のうち金四八八万五九七五円を充当して原告のために本件ワラントを購入する手続をとった(以上の株券等の売却および本件ワラントの購入を、以下「本件ワラント購入行為」という。)。

本件ワラントは、行使されないまま平成五年二月二日の償還期限を迎え、無価値となった。

2  原告は、次のとおり主張して、本件訴訟に及んだ。

<1> 原告は、本件ワラント購入行為につき承諾しておらず、被告は無断でこれを行い、原告に損害を与えた。

<2> 仮に原告が本件ワラント購入行為を承諾していたとしても、被告は証券についての十分な知識のない原告に対しワラントの危険性につき必要な説明をしなかったのだから、右承諾は有効なものとはいえない。

<3> よって、原告は被告に対し、債務不履行または不法行為に基づく損害賠償として、金四八八万五九七五円および弁護士費用金九七万四〇〇〇円の合計額およびこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成五年四月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める。

3  これに対し被告は、次のとおり反論した。

<1> 本件ワラント購入行為については原告の代理人である澄子の承諾を得ており、無断売買の事実はない。また、被告はワラントについて説明をしており、被告が債務不履行または不法行為責任を問われるいわれはない。

<2> 仮に、被告に何らかの責任があるとしても、原告の責任の方が多大であり、大幅な過失相殺がなされるべきである。

二  争点

1  本件ワラント購入行為につき被告に損害賠償責任があるか。

2  過失相殺

第三  争点に対する判断

一  (争点1)本件ワラント購入行為につき被告に損害賠償責任があるかについて

1  原告は、本件ワラント購入行為につき承諾しておらず、被告が無断でこれを行ったと主張する。

2  そこで判断するに、まず、澄子が原告から、証券取引に関する代理権を与えられていたことは当事者間に争いがない。

そして、澄子は、被告が電話で本件ワラント購入行為の注文を受けたと主張する平成二年一月一八日の直後に、本件ワラントの取引をする旨の確認書(乙八)および本件ワラント取引のための口座設定約諾書(乙一六)に記名押印のうえ被告に送り返している(証人中西澄子)。

また、甲三の1によれば、本件ワラント購入行為から二年半後の平成四年六月ころ澄子が槫松に対し、本件ワラントが値下がりして紙切れ同然になることにつき電話で苦情を述べたものの、本件ワラント購入行為が無断でなされたとの主張は一切していない事実が認められる。

そうであれば、澄子は原告の代理人として、平成二年一月一八日に、槫松に対し、電話で本件ワラント購入行為の承諾をしたと解すのが相当である。

よって、原告の右主張は採用できない。

3  次に、原告は、次のとおり主張する。

<1> 被告は証券取引の専門家として、適正な証券取引がなされるべく、原告のような一般の顧客に対し、ワラントの危険性を知らせる義務があった。

<2> しかるに、被告は原告に対し、ワラントの危険性を全く知らせないまま、本件ワラント購入行為を進めた。

<3> 本件ワラント購入行為につき原告が承諾していたとしても、その承諾は、ワラントの危険性を知らないままなされたものであるから、有効なものとはいえず、結局被告の本件ワラント購入行為は無断でなされたことになる。

4  そこで判断するに、たしかに、被告は証券取引の専門家として、一般の顧客に対し、特殊な証券について、十分な説明を行い、証券取引を適正なものにする義務があるといえる。特に、証券の危険性については、正確に説明をし、一般の顧客を保護すべきである。

証人槫松聖の証言によれば、同人が澄子から電話で本件ワラント購入行為の依頼を受けた際には、ワラントの危険性について説明をしなかった事実が認められる。

しかし、乙八によれば、原告は「私は、貴社から受領した『外国新株引受権証券の取引に関する説明書』の内容を確認し、私の判断と責任において外国新株引受権証券の取引を行います。」という内容の本件ワラントの取引確認書に記名押印して被告に差し入れている。この『外国新株引受権証券の取引に関する説明書』には、ワラントの危険性について十分説明が尽くされている(乙一一の3)。

そして、右確認時には、原告には本件ワラント購入行為を進めるかキャンセルするかの自由があったと解される。

とすれば、原告はワラントの危険性を十分認識したうえで、本件ワラント購入行為を進めることに同意したものと解すのが自然である。

これに対し原告は、乙八記載の『外国新株引受権証券の取引に関する説明書』を受け取っていないと主張する。しかし、これを認めるに足る証拠はない。

よって、承諾時に危険性につき説明がなかったとしても、その危険性を知った後も本件ワラント購入行為を進めることに同意している以上、承諾に瑕疵があったということはできず、原告の主張には理由がない。

二  結論

以上より、原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例